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【私が祖父から学んだこと】

  カテゴリ: [松本愛子ブログ]  2015/05/20

20歳まで、
毎月、毎週、手紙をやりとりした、
岩手の花巻の祖父。
 
私の母方の祖父なのですが、
戦前戦後もまたいで、教員をして、
小学校の校長をした人。
 
私が育つ中の大きな幹となっていった元は、
この祖父との関係の中にもあります。
 
一番、祖父がよく言っていたことのひとつには、
未来のことを思い悩んだところでどうしようもない、
最初の直感がやはり正しい、
ということでした。
 
荘子の、
「不測に立ちて無有に遊ぶ」
そのままに、
あるがままの直感で余計な心配しないで生き生き行動することが大切だ、
という様なことです。
 
そういうことを、祖父自身も自分に言い聞かせるように、
一人暮らしの中で、私に日々の出来事や旅の話しを
手紙にしたためてくれました。
 
祖父は亡くなるまで、積極的に海外にも出かけ、
絵画教室の講師を勤め、民生委員などもし、
私にも会いに新幹線や飛行機に乗ってやってきて、
数週間、埼玉の家にも滞在して、
私と上野の美術館巡りをしたり、
展覧会を見にいったりしました。
 
亡くなる一年前あたりから、
「この家(岩手の)は、誰も継がない方がいい。家も無くなるのが一番いい。
元々、何も無いのだから。」
と言って、
そして、翌年、癌の手術を受け、医療ミスにより、
天に旅立っていきました。
 
80を過ぎたところで逝ってしまったのですが、
あまりに急に逝ってしまったので、私も祖父の死をすぐには納得できずいましたが、
亡くなった晩、不思議な体験をしたのでした。
 
 
 
❀。。。❀。。。❀。。。❀。。。❀
 
 
 
それは、
私が寝ていると、祖父と、天女の様な美しい女性たちが、楽しげに飛びながら
「ほほほほ!」
「はははは!」
と、賑やかに笑う声が聞こえてきて、
そのうちに、少し若返って元気な祖父が姿を見せ、
「愛子ちゃん、楽しいよ!こちらは本当に楽しい!
心配しないで。」
と満面の笑顔で私に話しかけてきました。
 
私は嬉しくて、
「おじいちゃん!!」
と泣いて言いました。
 
すると、祖父は、
「もう行かなきゃ。じゃあねー!また会おう!」
と言って、飛んでゆきます。
 
私は、寂しくなって、
「おじいちゃんー!行かないでー!行かないでー!」
と何度も叫びました。
 
 
 
必死に呼びかける私の元に、
遥か彼方、祖父が飛び立っていった方向から金色に輝く何かが、スーッと、私の
方に、
どんどんどんどん近づいてきて、、、!
 
うわあ、ぶつかる!
 
と思ったところ、私の寝ている右脇腹のあたりで、
ピタッと止まり。
 
 
眩しさに目を凝らして輝くその黄金色をよく見ると、
それは、穏やかで尊いお顔をした徳高い、金色の座禅を組んだ仏像だったのでした。
 
私は呆気にとられ、どうなるのか、と、しばし、その仏像と対面していました。
 
しばらくして、
仏像は、元来た方にまた、ずーっとゆっくり、
上がっていって、、、
 
点になって、そして見えなくなりました。。。
 
 
 
この時には、もう既に、私は目を開けていて、
お部屋のその仏像が去っていった場所の天井を見つめていて、
現実と完全に一体化していました。
 
 
 
 
❀。。。❀。。。❀。。。❀。。。❀
 
 
 
何と、
不思議な体験だったことか、と思いました。
 
そして、祖父は尊い人だった、
と、同時に自分の中で感じました。
 
 
 
翌日、お葬儀のため、岩手に向かった私は、
祖父の棺に、何年もやりとりをした私と祖父との手紙を入れて、
そして送り出しました。
 
 
 
 
❀。。。❀。。。❀。。。❀。。。❀
 
 
 
人間って不思議です。
 
捨てる神あれば拾う神あり。
 
どんなに状況や環境が逆境に包まれていようとも、
自分を腐れず美しい心で過ごすうち、
ちゃんと、手を差し伸べ、愛を送ってくれる存在がいるものです。
 
 
 
 
私の音楽には、
この祖父の教えもしっかり根付いていて、
特に「教育」に、その教えが生かされています。



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