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【お盆】

  カテゴリ: [松本愛子ブログ]  2019/08/14

 
今年のお盆は台風ですね。
 
前橋も早朝から雨が降り出しました。
 
人がいつも苦しめられるのは、
自分の中にある罪意識ですね。
 
今朝、ふっと思い出しまして。
 
埼玉の実家があったところのご近所で
二つ上のお姉ちゃんに連れられて、
三歳の弟くんがジャングルジムの一番上から
落ちて亡くなってしまったことを。
 
たまたま通りかかった私の母が、
病院に連れて行って、
だけど、その二、三日後に亡くなってしまったのでした。
 
私も小学校の低学年のことの出来事で、
衝撃を受け、何度もこの子を思って涙しました。
 
私の家の玄関によくお母さんと来ていて、
でんぐり返ししたり走ったり(廊下が一直線で長かった)
とてもよく笑う子で可愛くて。
 
私も自分の弟を心底可愛いがっていたので
(目を見て顔を近づけるだけで泣いてしまう可愛いい弟)
お姉ちゃんの心境は計り知れない程の
自分の責め方だとわかっていました。
 
このお姉ちゃんの心を癒したいと
何度もアプローチして、遊びに誘って。
 
でも、いつも、遊んでいる最中に、
「私は〇〇〇(弟の名前)を殺したの。」
と言われ、そんなことはないよ、と言っても
塞ぎこんでしまうのが常で、、
 
それでも私は諦めず、弟ともあの子を癒そうと決め、
彼女が一緒に遊ぶという日は、
ゴム段したり、竹馬したり、家の前で遊びました。
 
(あの公園だけは連れて行けなかったけれど。。)
 
 
ご近所ひとつとってみても、
案外、私の周囲は「死」というものが、
身近にあったので、
当時の作文にもいくつもそのことが記してありました。
 
実際の(肉体)で会えないというのは
確かに寂しい。
 
話が直接できないということは
どれだけの悲しみであることか、
私もよく知っている。
 
大切な人であるからこその
身を切られる程の悲しみ。
 
それがこの地球で味わう必要があることでもあるけれど
だからこそ、本当のことに気づけるかどうか、
思い出せるかどうかの
大切な場面であったりする。
 
人は決して肉体だけで出来ているわけではないということ。
 
傷ついた心、細胞の中に響いてしまった苦しい罪意識や悲しみ、
それらはやはり、その微細な振動で振動を起こして、
(振動に振動をぶつけて平らにして流す)
自分の中からさよならしないと、
時間が経って、それが案外元となり、
大きく現象を引き起こすことが多々あるのを、
何度も目にしてきました。
 
私は、小さい〇〇〇君の可愛かったあの声が忘れられなかったのもあって、
音楽を、どう、そこで活かすことができるのか、
ずっと研究し続けてきたんだな、
と、思い出しています。
 
閉じてしまったお姉ちゃんの心をどうしたら溶かして
開かせ、笑顔を引き出すことができるのか。
 
本人にとっては、殻に閉じこもることが最善だとしても。。
 
 
お節介野郎なのです。
 
大切な人を失うと、
ただ会いたさに、その人に寄りかかりすぎて、
執着してしまうこともある。
 
私も、もちろん、そうでした。
 
過度の執着が、自分の依存であることに
自分もなかなか気づけなかった。。
 
亡くなっても魂(存在)は死んでいないことを
受け入れたくなかった。。
 
 
お盆で、きっと伝えてほしい、と
キャッチした私のセンサーが、こういう
大切なことを書かせている気がしています。
 
どうぞ皆様も、台風にお気をつけなされながら、
心癒すお盆をお過ごしください。
 
そして、
お盆が明けましたら、
きっと笑顔になれますように。
 
閉じてしまった心を
自分で自分を癒して
またお会いできますように。
 
そういう体験や研究の成果も加わり、
道具も揃えました。
お待ちしています。
 
そんな馬鹿もこの世にはいる、
ということで。
 
また、あの子を思い出す私がいる、
ということは、諦めないでね、と伝えてきたのもわかるので、
やるべきことをやります。
 
今日は、ご先祖様に、
おはぎを作って、ご一緒しようと思います。
よく、この子たちのお母さんが、お盆におはぎを作って
家に持ってきてくださったんですよ〜
お上品で美味しいおはぎでした。
 
こちらも雨脚が強まってきました。
皆様どうぞご自愛くださいませ。



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