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【正しい母子分離】

  カテゴリ: [松本愛子ブログ]  2022/09/18 

 
思えば、
私も、どうしたら共依存の両親と
その代々続く負の遺産と決別できるか、
それと闘ってきた数十年だったと思う。
 
子孫繁栄、幸運と発展も、本物の「悟り」にあるけれど、キーはいつでも母親である。
 
何故なら、十月十日を経て、
人間を育み産み出すから。
 
だから、その根本に取り組んできた。
 
母親としての孤独、色々の実際を、
私も味わい学んできた20数年だった。
 
ひとえに「執着」が、わざわいの元で。
 
どうすれば、
このかわいい子供たちから、
成長の段階とともに、正しく真に!手放してゆけるのか。
 
子供の方は、サッパリと自分でやってゆこうとしているものなのに、
相手を紐でくくりつけ、
産んだだけ、に出来ずに、
いつまでも恩を着せていると、
子供の人生はいつまで経っても始まらず、
最終は苦しくて、自らの命をも危うくなってしまうのが現実。
 
そんなことは絶対望んでいない!
と、どこまで言い切ったとしても、
実際はどうなのか。
 
本当のところは、ただ突き放しているだけで、
真の子離れも出来ていないのが日本の実情だ。
 
何故、それが出来ないか、
私もこの20年、どうしてなのか、
自分を客観的に見つめながら、実際取り組んで、
数多の実験も繰り返し、そして、掴んだことがある。
 
それは、
自身の親たちとの癒着、
その代替えである舅姑との癒着、
認めてもらいたい、愛されたい、見せたい、、、
そうしているから、子供たちにも執着している、
そういう現実の自分の姿だった。
 
わかればわかるほど、
自分の自立とは、その思い込み、刷り込みされた、
それは絶対出来ないと決め込んでいる「人としての甘え」、そして、一人では生きてゆけないと思いこんでいる他人への執着が浮き彫りになり、
そことの深い深い(自分だけの世界)戦いを繰り返していた。
 
このコロナの中でも、
尚更に、最終大掃除に拍車がかかり、
到達した、
「さようなら私のきいろこちゃん」
(※きいろこちゃんとは、執着の塊に名前を付けて、そう呼んできたもの)
の瞬間を、先日、確認できたことは、
本当に喜ばしいことだった。
 
80超えの、しょっちゅう山にもお一人で泊まりがけで登られる生徒さんは、
「みんな、女が一人で生きられないと思っているんですよ。そんなことはないです。どうして自分でやらないのか。何でも自分でやってみればわかります。」(彼女は教育者です)とおっしゃいます。
 
明治の女に育てられた彼女は、
人として大事なことを知っていて、
そうやって生きてこられて、
ズバッといつもおっしゃってくださるので、
気持ちがいい。
 
正しい母子分離。
 
生死もわける分岐点であるこのポイントを、
どうぞ、皆さんもご自分の幸せのために、
ご自分に負けず、されたらよいと思います。
 
子供たちからも、
真に感謝されることでしょう。
 
そして、
歌もピアノも、媚びない表現が、
そこにかかっていることも
私自身、納得していることです。
 
今日もそのためのレッスンをします。
(だから、皆さん、上達されるんです)
正しい母子分離へ到達して、
花開いてゆかれる、
そのお手伝いを、音楽でしています。
 
発声法のひとつ、それが「母子分離」です。

 



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