そして…
人には始まりがあって終わりがある。
いかにそれを無駄にせず命から学ぼうとできるのか
そうして命はつながれてゆく。
痛み苦しみ長く味わった魂が昇華するとき
それは光として空間中に広がり、
現世の私たちにその姿を見せてくれる。
私の父もそうでした。
10年難病に苦しみ、
恨み…(やっぱり親兄弟へ、でしたね)
最後の一週間で、
もう俺はいいんだ、と言って
さすってくれ、痛い、と唸ることも止め、
そして、朝方、私の歌うアメージンググレースの中(扉を開けていくことの歌詞4番まで言葉が出ました)、じっと私を見つめ、
歌い終わると口を大きく大きく開けて抜け、そして、間もなく細胞がパタパタと茶色に終わってゆきました。
66で。
恨みきって、
そして最後に悟っていきました。
その時私は思いました。
さて、
私はどうだろう。
私が死ぬ時はその様に悟って光となってゆけるのだろうか、と。
そういうものを見せてもらった自宅介護の看取りの全ては、
「お父さん、ありがとう」
としか私にはないことです。
やり切ると悔いがない。
「お前なんか、流されっちまったやつなんだ本当は」
と言われ、その中大変に過酷な自分の生まれを生き抜いて、そして120%介護や寄り添いをやって、そして見送ると、
色んなことが見えたりするものです。
子育ても同様に。
人を育てるとはやったものでしかわからないし、決して頭の世界ではない本当のことがあります。
逃げたくなる、楽したくなるのは重々わかりますが、後々後悔しないためにも、
苦労はやったもん勝ち。
チャンスがあってやる気があるのなら、
どうぞ本気でやられてみてください。
必ずあなたの「財産」に。
やっておけばよかった
の後悔もありません。
若い人にも背中見せられる自分でいたいと私も思います。
そういうものが継承かな、と思います。
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